暮らしのねっこ

食と暮らしの豊かさをもとめて

家族考

家族のバランスを探しながら。
今月半ばに控えるレジャーはどちらかといえばだんなの好きなこと。
元来お互いに頑固なので気が向かないイベントに付き合うのはちょっぴりでも魂を削るような大ごとになる。

キャンプで今年初の川遊び。
家ではついつい家事沢山の週末になるけど子供とたくさん遊べたし、山の中は気持ちよかった!
というのはわたしの体感と感想。

真逆のようなところを持っていると一緒にはいられないのか?
逆もまた真なりで、撫で回している表面的な部分は全く別のものであっても、言葉には置き換えることのない本質の部分は案外一緒のものなんだと思ったりしていた。
表面的噛み合わせ重視か、終着点の想像を含めた関係性を楽しみにしつつ過ごすか、帳尻の合わせ方に違いがあって、一緒にいる感触が全く別のものになっているのが悲しいのです。今は。

バランスをとることを怠るようになったら、家族って何のための団体なんだろう。

大事なものがずれたら、納得する部分が変わったら、それで終わり、解散!でも良いような気もする。いびつな家族の形をやむを得ないかもしれない事情でとってる人が(不倫とか別居とか子供が小さいのに離婚とか)世間で良く言われないのをみると、個人らしさよりも家族という形式を維持するということ自体が大事なんだろうか。不倫もまた不倫する同士だけでなく周りも含めたバランス取りの一時的な形だとも思ったりするんだけど。そして自分はどうしたいんだろ。

形はそれぞれだと思うけど、自分にとっての家族の形を探っています。